2006年09月21日
人間とは一体なんなのか考えた。
DVD-BOX「人体解剖マニュアル、一目でわかる人体の不思議全4巻」を見た。どうもイギリスBBCで放送され物議をかもしたテレビシリーズのDVD化と言う事であるが、一巻目の「動き」で献体された遺体は天井から吊り下げられた状態で皮を剥がれる場面から始まる訳です。まあ確かに見る人が見る視点で見れば衝撃映像、と言った所でしょうか。
献体された遺体を医学生と、あと・・誰なんだろう・・献体を考えているお年寄り?(予想)の前で解説しながら解剖するという解剖ライブの一部始終です。
解剖は「人体の不思議展」の仕掛け人、ハーゲンス博士が行い、見本で出てくる臓器や血管や胎児に至るまで全て元々は血の通った生身の人間だったものを使用している。博士の助手が何人かと、白衣を来た医師、日本で言うところの養老先生みたいな権威だと思われる人が解説をしながら、解剖はまさに医学生の目前で淡々と繰り広げられる。
色々考える所がありましたが感想。
まず、これは衝撃映像でもなんでもない。人間の構造は基本的にはみんな一緒なはず。そして知っておくべき事なのかなあと思いました。これを見てキモチワルイとか怖いとかいう感想はナシでお願いしたいです。「あなたも皮を剥げば多分こんな風になっているんです。」生身の人間は嘘をつく。生きてる人のほうがよっぽどキモチワルイし怖いよ。(そういう意味では生きながらにしてミイラである笑点の歌丸別命:生ミイラは人類史上もっとも恐るべき人であろう。)
あと、自分の体を大事にしなくてはと思いました。人間の内部の構造を知るということはとても大切なことです多分。自分はこう思うとか、自分はこんな人という精神論的な部分は日々勝手に自分自身に問いたりしてるんだろうと思うんですが、自分の(というか人間の中身、ここの筋肉はこうなっててとか、この筋が切れるとこうなるとか)体のことは知らないわけですよ。こんな機会がない限り知らずに生きていくわけで、自分の体の中身を知らずに生きていくと言う事はとても危険な事だと思い知りました。
健全な精神(この場合は自分らしさと言う意味で大義じゃない)は健康な肉体に宿るんですねホントに。
人間の皮を剥いて広げるとどれくらい、とか普段どれだけの臓器を背負って歩いてるとか、色んな事がわかります。それがまんま自分のことだと思うと不思議でしょうがなかったです。ともあれアホみたいに生きている私も脳をはじめとしたおそろしく緻密で正確で素晴らしい臓器に支えられ、絶妙なバランスの上にモノを考えたり手足を動かしたり、寝てても息したりしてるんですよ。
こういう教育は実はとても大切な事なのに、なぜ死は常に隠されて来たんでしょうか。当DVDは決して死をテーマとして取り上げていないが、すなわち人間とは一体何かという人体解剖は常に死と共に歩んだ学問であると思う。
死は生命の誕生と同じくらい広く尊ばれるべきものなのだ。
人間は皮と肉と骨。
つまり、白人も黒人も我々黄色人種もスーパーモデルも総理大臣もその辺の危険な国のお方も皮剥いだら一緒ですよ。そこに精神はない。単に物体と化した、しかし宇宙。
DVDは全4巻、「動き」「循環器」「消化」「生殖」に分かれており、様々な角度から"人間とは何か"という大きく重大な命題を示唆しているように見えた。
追記:
DVD中時々映る医学生の歪んだ顔。あれはひょっとしたら遺体の匂いによるものなのかもしれない。
投稿者 dj739 : 02:02 | コメント(0) | トラックバック(0)
2006年09月14日
満員電車と自己パフォーマンスの向上について
引越しをして約2ヶ月。転職をして1ヶ月が過ぎた。確証はないが気がついたことがひとつある。この一ヶ月当然無遅刻無欠勤だが、寝坊に慌てるということもなくなった。引越し+転職の相乗効果で私はいまだかつてないほど、自宅から会社の距離が近づいた。これまで、学生時代から通勤通学時間に1時間(片道)というのはそれほど苦でもなかった。1時間半以上かけて通勤していたこともある。多分その期間は結構長かった。なので現在の状況は自分としては極めて珍しい状況。
一方で通勤時間に今まで行っていたこと、読書、音楽、英語の勉強、居眠り、等ができなくなったのは非常に懸念すべき事態でもある。現に、通勤でさっくり読み終えていたであろう書籍類はほとんど持って出ることさえなくなった。
それにしても東京の通勤電車、通称満員電車および通勤時間の長さは、考えてみるとどうだろう、1時間半として往復3時間、一ヶ月20日出勤として60時間。60時間/月もの無駄な時間を費やしていたというわけだ。こんな計算確かにくだらないよ。タバコ一日1箱320円以下略
私の場合は、会社と家の距離がぐっと近づいた(どのくらい近づいたかというと、チャリだと15-20分くらい、電車使って30分くらい)事でまず帰りの電車を気にしなくなった。タクればいい。そして朝は早めに出ましょう。始業9時半ですけど9時くらいにはついていたい。6:45から15分おきに目覚ましをかけても8時過ぎまで寝ていたかつての自分の面影はどこにもない。6:45から7:15の間に必ず起きることができる。この寝坊の減少傾向はいったいどこから来るものなのか。
この先は予測である。満員電車で1時間半かけ通勤する精神的ストレスと、肉体的疲労は多分思いのほか大きいのではないかと思う。それに伴って確実に仕事に対するパフォーマンスは落ちると思われる。ただでさえ仕事で抱えるストレス(責任や成果など)は大きいのに、なぜそれ以外の多大なストレスや疲労を受けなければならないのか。
今後30分を超える通勤時間には耐えられそうにない。調布や三鷹は良い街だったが、いかんせん生活の基盤となる会社からは常に遠く離れており、通勤時間帯の電車の混雑も筆舌に尽くしがたいものだった。
現在は渋谷区に部屋をかり、いわゆる都会の恩恵を受けているが、家賃も少しお高め、いつもそうだったけど、現状維持は大変だ。しかし、それを持っても有り余るメリットはどうだろう。都会の会社人。自己のパフォーマンスを向上させ、仕事に打ち込み体をいたわりたいのなら、私はすぐにでも通勤時間が短くなる場所に引っ越すことを強くお勧めする。
投稿者 dj739 : 13:20 | コメント(0) | トラックバック(0)